menu

‘99年 ロックが完全敗北した年

年代ごとに独断と偏見でロックを語るシリーズ、今回は99年です。勝手にシリーズ化しましたが(笑)、アフィリエイトとは全然関係ないし、ジコマンで書いている記事なので、あまり気にしないで下さい。

洋楽を聴くようになって20年ぐらいになりますが、この年ほどロックが不作の年は無かったと思います。日本は当時も今も、メインストリームはクソな商業的ポップばかりですが、99年は海外も同じような感じでした。

イギリスは未曽有のトランス・ブーム

12

98年からロックが沈滞化しつつあったイギリスですが、99年は完全にダンス一色でした。チャートもどこの馬の骨か分からないユーロ・ビートや即席でお手軽なイビサ・アンセムばかりで、BlurやThe Charlatans、Manic Street Preachersなども頑張っていましたが、勢いが違い過ぎました。

ダンスミュージックに対抗してか、当時のこれら3バンドの曲調はミドル・テンポのしっとり系が多く、ロック特有のスリルや疾走感を世間に伝える事が出来ませんでした。唯一検討していたのが3ピースバンドのStereophonicsぐらいです。

ただ、全てのダンスミュージックが掃いて捨てるようなモノだった訳ではなく、パンクやヒップホップ感覚とテクノを融合させる事に成功したChemical Brothersや別次元でダンスミュージックを描いたUnderworldはロック寄りの私から見ても別格でした。

ロックを大衆化させたラップ・メタル

13

アメリカの音楽シーンはさらに酷く、当時大ブレークしたEminemやLimp Bizkitのせいで、ラウドロックやヒップホップがスポーツライク的なエンターテイメント扱いされるようになってしまい、「ラップ・メタル」という意味不明なジャンルも確立してしまいました。

このロックのエンターテイメント化はしばらく続き、日本でもストリート、ロック、ヒップホップなどをごちゃまぜにした「Ollie」という雑誌が流行ったりして、グランジ以降オルタナティブな存在だったロックが悪い意味で大衆化してしまいました。

そんな中、当時のメインストリームとは逆行したBeckの傑作「Midnite Vultures」は一際秀逸でした。外野を無視して徹底的に個を意識したような音楽は、ダンスとファンクをベースにブルースやフォーク・ミュージック、ヒップホップを見事に融合させたパーティ・アルバム仕上がっています。

そして、99年に個人的にどうしても紹介しておきたいアルバムがRage Against the Machineの「The Battle of Los Angeles」です。

RATMは当時の「ラップ・メタル」として括られることが多いですが、個人的にはLimp BizkitやKornなどの低俗なバンドとは一緒にして欲しくないと思っています。

不当な弾圧を受け苦しむ人々を勇気付けて、立ち上がらせるようなザックのリリックに乗せて、パンクとラップを境目なくミクスチャーさせたこのアルバムは、その他大勢のミクスチャーバンドに格の違いを見せつける内容になっています。とにかく、攻めて、攻めまくる様は圧巻で壮絶の一言に尽きます。

日本が誇れるオルタナティブ・ロックバンド

14

99年の邦楽は世間で何が流行っていたかよく知りません。友達はDragon Ashとか聴いて騒いでいた気がしますが、私は全く興味がありませんでした。

しかし、この年に「オルタナティブ・ロック」と呼べるような音を鳴らすバンドがメジャーデビューします。向井秀徳のナンバーガールです。

疾走感のある独特のドラムに切り刻むような爆音ギター、そして口をひん曲げてメロディがひっくり返るように叫ぶヴォーカル、PixiesやDinosaur Jr.などがよく引き合いに出されますが、個人的にはナンバーガールの方がスゴイと思っています。

ただ、この年に出されたメジャーデビュー作「SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT」は録音状態が非常に悪いので残念です。同じ年に出されたライブ・アルバム「シブヤROCKTRANSFORMED状態」の方がオススメです。

自己啓発本はあなたをダメにする

アフィリエイターにありがちな悪いサイト事例

関連記事

  1. ‘98年 O.K.コンピューター以降とサニーデイとの出会い

    1998年、海外ロックシーンは祭りのあとのように沈滞化していました。この年は私も新譜はほとんど買わず…

  2. ‘97年 私的UKロックアルバム特集

    1997年、私は高校生でしたが、その頃から洋楽を聴くようになりました。それまではHi-STANDAR…

LATEST POSTS

PAGE TOP